最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)160号 判決 1981年9月25日
東京都杉並区荻窪三丁目七番二三号三〇二
上告人
日下正一
東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号
被上告人
荻窪税務署長
松田栄二
右指定代理人
鈴木実
右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第八五号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和五五年九月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は前提を欠く。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮﨑梧一 裁判官 栗本一夫 裁判官 鹽野宜慶)
(昭和五五年(行ツ)第一六〇号 上告人 日下正一)
上告人の上告理由
昭和五五年一二月一〇日付書面記載の上告理由
第一
一 原判決は、第一審判決を若干付加訂正するほか全面的に援用するものであるが、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の違背がある。すなわち
上告人は明治大正期に和様書道をもって一世を風靡した小野鵝堂の門下五十嵐春山に昭和一四年から師事し戦時中から戦後にかけて書道修業に精励し、昭和四三から丹羽海鶴の門下田中海庵に師事し、昭和三五年以降自宅を教室として「古典書道」を教授する書家の一人として右所得を毎年確定申告する所得税青色申告者であるところ書家として生涯の修業および教授に要する筆墨紙などの消耗品費は収入金額を得るために要した費用の一部として当該年分の必要経費に算入されるべきであるのに、原判決は、採証の法則を誤って甲第二一号証の三、甲第三〇号証の一、二、甲第三一号証、甲第三六号証の七、甲第四三号証、甲第四四号証、甲第四五号証、甲第六七号証、甲第八九号証、甲第九二号証の一ないし八を無視して、昭和四八年分の消耗品費金三三万四〇〇六円中書道に要した金額を否認するため上告人に対し所得税法第三七条第一項の適用を排して地位により差別を加えたものであるから法の下に平等を定めた憲法第一四条第一項に違背する
二 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある
1 上告人は往復五時間を要する埼玉県飯能市南町に所在する株式会社飯能光機製作所(以下「会社」という)へ毎月一二日以上不定期に出勤となり、約一八坪の個室を単独使用の環境にあったので昭和四五年末以降会社の書道有志の熱望に応えて休憩時間および就業時間外を利用して書道クラブ結成要件たる常時一〇人を超えるに至らなかったが概ね一〇人前後の書道有志に対し経済的かつ合理的で各自生涯の長期的学書の可能な方法として全日本書道教育協会(以下「全書教」という。)発行書道雑誌「書教」への競書作品指導の方法により各個別指導を行い、その能力の進度に応じて基本点画、かな単体および連綿を指導し、かつ競書課題の原本であり、書作品は神品、妙品、逸品、能品、佳品、俗書などの評価区分があるところ、原拓を摩する神品ともいうべき田中海庵臨「鄭文公之碑」、同「蘭亭叙」、同「十七帖」を競書課題に対応して順次上告人の肉筆手本に代えて無償で与えて、競書作品の鑑別は勿論、書法の指導に当った。
およそ書家の収入は書道教授、講義および書作品揮毫にあるところ右対価は宗教サービスと同じく原価計算に親しまず、これを受くるものの価値評価、特に心理的評価に存在すべき本質を有し、上告人は会社に勤務していたから月謝を特約することなく、いわゆる「気持ち」に任せて指導したが、書道有志は毎年盆、暮に右対価としてウイスキー、狭山茶など現物を慣例として提供したので上告人は所得税法第三六条第二項の規定により収入時の時価でこれを評価して同条第一項により収入金額として昭和四八年分金二万四〇〇〇円につき確定申告をしたものである。
しかるに原判決は採証の法則を誤って、甲第六五号証の一ないし七、甲第六〇号証、甲第六六号証の一、二、甲第三六号証の一ないし六、甲第四六号証の一、二、甲第五〇号証の一、二、甲第五一号証の一、二、甲第五二号証の一、二、甲第五三号証の一、二、甲第五四号証の一、二、甲第五五号証の一、二、甲第五六号証の一、二、甲第五七号証の一、二、甲第五八号証の一、二、甲第五九号証の一、二を無視して事実を誤認して所得税法第三七条第一項の巡用を誤った違法がある。
昭和五五年一二月一一日付書面記載の上告理由
三 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験の違背および事実誤認の違法がある。
1 原判決は、書写と書道とが異なることが経験則で明らかであるにかかわらず両者を混同して事実を誤認した違法がある。
すなわち、書写は、小学校および中学校において実施され、文字を正しく整えて(美しく)速く書くことであり、書道は、高等学校以上において実施され、文字を素材とし線性をもって美を理念的に表現することであり、両者は、目的、方法および作品において異なることが経験則で明らかであり、上告人が会社書道有志に実施したのは書道であるにかかわらず、原判決は書写と書道とを全く同一視し、事実を誤認した違法がある。
2 原判決は、実用書道と芸術書道とが異なることが経験則で明らかであるにかかわらず両者を混同して事実を誤認した違法がある。
すなわち、実用書道は書写能力が整斉正確で、かつ敏速、能率的であればその目的を達し日常生活に必要な程度で実用にさえ事が足れば十分であり、芸術書道はその修業に多年の歳月を要しその研究は多方面にわたることが必要であり、その完成には生涯の努力を要するのみならず、古来の名蹟、碑帖を広くきわめつくし高い教養と見識とを身につけるべきであり、上告人が会社書道有志に実施したのは芸術書道であるにかかわらず、原判決は実用書道と芸術書道とを全く同一視し、事実を誤認した違法がある。
3 原判決は、競書出品と通信教育とが異なることが経験則で明らかであるにかかわらず両者を混同して事実を誤認した違法がある。
すなわち、競書出品は、書道上達のかけ橋であって、何らかの書道雑誌をとり、毎月その雑誌に発表される課題文字を書いて出品し、その雑誌の段級によって昇段級しながら腕を磨く方法であり、通信教育は、面接指導がうけられないとき通信によって清書の添削指導を行う方法であり、前者はテストであるから出品は返戻されないが後者は指導であるから清書は返戻されるほか、費用に著しい格差がみられ、両者の差異は経験則で明らかであり、上告人が会社書道有志に実施したのは競書出品であってそのために作品鑑別は勿論、有用な書法の指導を毎月反復実施したにかかわらず、原判決は採証の法則を誤って甲第八六号証、甲第八七号証、甲第八八号証の一、二、甲第八九号証を無視して両者を全く同一視し事実を誤認した違法がある。
4 原判決は知得と体得とが異なることが経験則で明らかであるにかかわらず、両者を混同して事実を誤認した違法がある。
すなわち、書道は「学」でなく「技」であるから「学」は知得できても「技」は知得できず実に体得されるものであり、一夜漬も可能な知得の「学」に対し「技」は一夜漬は絶対不可能であって永年にわたる不断の修錬の結晶であり、経験の累積を必要とし、毎日修錬に努めなければ忽ち書技の後退につながることは経験則によって明らかである。
また書家は、プロとして日夜厳しい修錬を経てその書技と地位とを維持することが可能であって、生れながらにして書家として完成したものはなく、さらに書道教授として認定されたからとて知得によって得た資格の如く完成ないしは安定するものではないにかかわらず、原判決は、知得による資格と体得による資格を識別せず事実を誤認した違法がある。
第二 原判決は、給料賃金につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則の違背がある。
一 上告人は、昭和三四年四月一日、肩書地を事務所として経営近代化研究所を創立し、専門分野を総合、人事、財務経理、研究開発、生産、資材、事務、情報システムとして全国一円を活動範囲とする経営コンサルタントであるところ、経営コンサルタントは企業などの依頼をうけ依頼者の経営に関する実態把握、問題提起、提案勧告、実施援助および顧問活動などを主たる業務とする専門職であり、ノウハウを研究開発し右開発したノウハウを商品とすべく販売促進し、かつ契約企業などに対してノウハウを勧告方式、教育方式、顧問方式、維持方式などによって販売実施する三つの機能をもち、上告人単独ではこれらの全機能を到底処理できない業務量のため経営近代化研究所の維持発展には若干名の補助者が絶対不可欠であったが、わが国経済成長の最盛期で人手不足経済時代のさ中で適材を得るに由なく万止むを得ず妻芳子を青色専従者としていたところ昭和四五年六月離婚の結果長男博文、長女みつこをそれぞれ使用人とするに至った。
長女みつこは昭和四六年分にえいては扶養家族または使用人でなかったが満一五才を経過したので昭和四七年四月一日、高校存学中の勤労生徒として文書資料整理およびタイピスト(東芝タイプライター)の業務を割当て労働時間平均月間一六〇時間のところ二分の一たる月間八〇時間で土曜日、日曜日および祝日などを充当させ、給料賃金四万円のところ二分の一たる金二万円を初任給として雇用契約を締結し同年分金二〇万円を支払い、昭和四八年分において内田芳子の扶養家族の地位を失わない範囲内の金額でかつ昇給により金三二万円を支払ったものであるにかかわらず、原判決が「休暇中等高校の授業のないときはたびたび原告方を訪れて原告より小遣い銭をもらっていたものと認められる」としたことは
1 高校生として平均賃金四万円の二分の一に相当する金二万円余の小遣い銭は過分であり不相当であること。
2 授業のないときはたびたび原告方を訪れたとしても上告人は一カ月につき一二日以上不定期に会社などに出張し不在であるから訪問の意味がないこと。
3 仮に小遣い銭なら西武線清瀬駅から池袋駅経由中央線(または東西線)荻窪駅、さらに関東バス利用の交通費は極めて不経済であって一回の電車賃より少額な送金方法があること。
に鑑み経験則に違背する。
二 被上告人は昭和四八年五月二八日、上告人を荻窪税務署に呼出して昭和四八年分は右給料賃金より低額な扶養控除に切替えて申告すべき行政指導を行ったが両者の格差が明白であるから上告人の自由意思をもって扶養控除とするが如きは経験則に違背する。
三 原判決は給料賃金につき判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則の違背のほか、採証の法則を誤って甲第六号証、甲第八号証、甲第九号証の一、二、甲第一一号証の一、二、甲第一六号証、甲第一七号証を無視し、上告人本人尋問の結果を無視して事実を誤認した違法がある。
第三 原判決は雑費につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背および事実を誤認した違法がある。すなわち
一 所得税法の収入および必要経費は何れも実現主義会計でなく発生主義会計に準拠しているところ、雑費金一四万二〇〇〇円が昭和四八年三月二〇日に発生し、商標権侵害差止請求および損害賠償事件に使用することが特定し、不法行為の消滅時効が三年であることに鑑みれば原判決は所得税法第三七条第一項に違反する。
二 また原判決は、採証の法則を誤って甲第四号証、甲第七八号証、甲第七八号証、甲第八〇号証、甲第八一号証および甲第八二号証を無視して事実を誤認した違法がある。
第四 原判決は、退職給与引当金につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。すなわち、
上告人は昭和三九年三月一五日税理士登録申請前たる昭和三八年一二月、税理士事務所経営のため所員若干名の募集準備を進め、その一環として「退職金支給規定」(昭和三九年一月一日実施)を制定し、また所得税法の定めるところにより青色申告者届ほかの諸届をなしたが、わが国経済成長の最盛期にあって世を挙げて人手不足経済時代のため所員募集は惜しくも不調に終った。
しかし右退職金支給規定は寸毫も疑いなく適法にして効力を有するものであるから上告人は昭和四八年分退職給与引当金一〇万円を設定したが、昭和五〇年二月一九日付更正の請求書(甲第六号証)において「誤記により減額」請求したので昭和五〇年一一月二〇日提起の本件請求の原因には含まれていない。
よって原判決は、上告人の申立てざる事項につき判決をしたほのであるから民事訴訟法第一八六条に違背する。
第五 原判決は、採証の法則につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則の違背および法令の違背がある。すなわち
一 被上告人の提出した乙第一号証、乙第二号証、乙第五号証、乙第一一号証、乙第一二号証、乙第一三号証、は何れも本件指定代理人が職権をもって作成した聴取書であって、反対尋問の機会を完全に剥奪する重大かつ明白な瑕疵があり、裁判の公正を著しく阻害するのみならず証拠能力を欠くものである。
二 また乙第五号証は上告人の家庭生活を侵害するものであるから公序良俗を定める民法第九〇条に違反して無効というべきである。
第六 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈を誤った違背がある。
上告人は、昭和五〇年二月一九日、被上告人に対して昭和四八年分所得税について更正の請求をしたところ被上告人は同年五月三一日付で「現在継争中であるため」との理由で更正すべき理由がないとする租税行政処分をなした。
しかしながら租税行政処分につき理由附記その他一定の手続を要求している一つの理由は、手続的保障の見地からそれによって処分庁の判断が慎重で合理的に行われることを担保するためであり(最判三八、五、三一)、適正な手続で処分をしなおせば処分内容に異なったものとなることは十分にありうることであるから手続的違法な租税行政処分の独立の取消原因となると解すべきである。
したがって原処分の内容的違法と理由附記の違法が争われている場合は処分が内容的に違法であるとはいえなくても理由附記の違法がある場合原処分は取消さるべきである。
そして青色申告に対する更正処分には理由の附記が要求されているから原処分は所得税法第一五五条第二項に違背する
以上